私の人生のテーマは、「臥薪嘗胆」でした
これは、高校時代のハンドボール部時代のスローガンでもあったのですが
その当時の意味は、以下でした
「踏まれても、踏まれても、なお立ち上がる、我がハンドボール部に生きる命は」
私の中では、道端で健気に咲いてる、タンポポのようなイメージをしていました。
どんなに人に踏みつけられても、時には、自転車や車に引かれても
それで命を失うことはない、そんな粘り強く、辛抱強く生き続ける姿・・・
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の意味を調べてみると、以下
復讐(ふくしゅう)を心に誓って辛苦すること。また、目的を遂げるために苦心し、努力を重ねること。
[補説]中国の春秋時代、呉王夫差(ふさ)が父のかたきの越王(えつおう)勾践(こうせん)を討とうとして、いつも薪(たきぎ)の上に寝て身を苦しめ、またその後夫差に敗れた勾践が、いつか会稽(かいけい)の恥をそそごうと苦い胆(きも)を嘗(な)めて報復の志を忘れまいとしたという。これがテーマのような人生って、どんな人生?って、思った方もいると思いますが、
復讐心を常に持っていたとか、そういうことではないのですが、
「目的を遂げるために苦心し、努力を重ねること」という部分は当てはまります。
どちらかというと、やりたいことや、好きなことを思い切りやる人生というよりは
自分が苦手な分野、できないことにフォーカスをし、敢えて苦しい道を自ら選択し
苦しみながら、時には我慢しながら、耐えて、耐えて、耐え続けて、粘り続ける・・・
そんな人生を送ってきたように思います
客観的に見たら、何故???、もっと楽しく生きればいいじゃん!
と思う方もいるかもしれませんが、
私はこうでなければならない、これが人生だと思い込んで生きてきたので
楽しいことをしていいの?やりたいことをやっていいの?
そんなことしたら、バチが当たりそう!!みたいに思ってしまうのでした。
(ギャグですよね・・・)
そして、無意識深くでは、本当に心から楽しんで生きてはいけないんだ!!
というのもあったと思います。
進路を決めるタイミングで、父親が発したコメントも強烈に印象に残っているのですが
「好きなことなんて仕事にできるもんじゃない」
でした。それは、裏を返せば、
「自分は好きでもない仕事をしているんだ」
だったのだと、今では思います。
多くのお父さん世代の人々は、好きなことをして生活している人なんて、
ほんの一握りだったのだろうなと思います。
当時10代後半だった私は、何で好きなことを仕事にしちゃいけないの?という疑問も
あったはずですが、どこかでそれは言ってはいけない、タブーなことのように思って、
その言葉はぐっと飲み込んでしまいました。
そして、いつしか自分も好きなことをすることに、どこか後ろめたさみたいなものが
つきまとう感じややりたいことをやるのは子供だ、みたいなものもあり
どこかで自分らしく生きることを選択する人をバカにしていたところもありました。
なので、いつも我慢すること、苦労すること、好きでもないことを、
義務のように、ねばべきでやることが「善」だと思い込んでいたのだなぁと思います。
そんな生き方をしていたので、いつしか自分らしさというものも抑え込んで
自分の個性が何なのかさえもわからなくなってしまったのです。
そして、同時にこんなはずじゃない!こんなもんじゃない!!という
むくむくと湧き上がってくる魂の叫び声が、我慢しきれなくなって
飛び出してきているのが、今のタイミングなのだと理解しています。
臥薪嘗胆とは真逆のようなイメージである「百花繚乱」に向けて
これからは、自分の個性を思いっきり咲かせていく生き方をしていくために
残りの人生を送っていきます!!
今は、そこに向かって、自分だけでなくお互いの個性を活かし合える
新しい組織づくりムーヴメントとして「北海道花華Re•rise協会設立準備委員会」を
立ち上げ、仲間を募集中です!
ご興味ある方は、個性を思いっきり活かす組織づくりを共にクリエイトしていきましょう!
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